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今いるところは誰のもの?

今いるところは誰にもの?

 

ふと、考えることがあります。今いるところは誰のものなのか?名義こそ自分だけれども、本当にそうなのか?と。

 

うちのりんご園は、亡くなった祖父が約40年前に始めたそうです。雑木林を切り倒し、埋めて、その上にりんごの苗を植えたのが始まり。それから虫や病気、冷害、台風、雹、風評被害などに立ち向かってきた。

 

今、私たちがそこから美味しいリンゴを収穫している。リンゴを育てているわけです。そのリンゴを売って、生活しているのです。

 

お米も同じこと。

 

生活が豊かになるために、たくさん売って収益を上げることは必要です。むしろそれはとても大切なこと。でも、今、売上を上げることだけが本当に大事なことなのか?というと実はそうでもないことに気がつきます。例えば、お米でいうと、お米を収穫した後の稲わら。この稲わらは野菜の栽培にも使われますし、牛を飼っている人であれば牛のベッドにもなります。稲わらは貴重な農業資源なのです。この稲わらはお米にとっても重要な資材なのです。稲わらに含まれるケイ素が稲のトゲトゲになり、虫や病気から稲を守ってくれる。だから、稲わらを取り過ぎてしまうと、稲が弱くなり、虫や病気に負けてしまい、余計な肥料や農薬が必要になるわけです。結果、おいしくないお米がとれます。

 

今に目を向けるのか、未来に目を向けるのか、過去に目を向けるのか。

 

自分は未来に目を向けたい。そう、強く感じます。