走ることは弱い自分に勝つこと

2018年の世界大会に向けて、少しずつスタートしてます。

 

2016年の世界大会での成果は、日々の少しずつのトレーニングが大会期間中も成長できることがわかったことです。

 

今でも走ることは好きではないです。走った後の爽快感は未だにありません。まだまだ知らない領域があります。

 

今朝、日課のジョギングをしていてふと、「(自分にとって)走ることは弱い自分に勝つこと」なのではないかと気がつきました。走ることが好きではない自分が毎朝走っている。それはきっと自分の中にある弱い部分に目を向け、それと対峙し、うち勝つ、もしくは共存することなのだろうと。

 

自分にとっての走ることが、他の人では寒い土地で暮らすことかもしれませんし、人と話すことなのかもしれません。その人にとって弱い部分に目を向けてみて初めてわかることがあります。それは、

 

「(自分が思っているほど)自分って弱くないんだってこと」

 

修行僧のように走る必要はないのです。音楽を聴きながらでも、景色を眺めながらでも、おしゃべりしながらでもいい。どんな手を使ってでも、走ってみると、意外と続けることができます。そして、可能ならば、

 

「一人でやらないこと」

 

をお勧めします。一人だと弱い自分にそそのかされがちですが、みんなでやるとそうはいかない。仲間意識が弱い自分の出番をなくしてくれます。

 

「自分の人生は自分で作る」

 

ありふれた、言い回された言葉ですが、今はよく滲みます。走ることで自分の弱さと向き合う。その向き合った時間はきっと後々の自分を助けてくれるはず。そしてこのことは子供達にも伝えていきたいと思います。